5月27日。
初夏の湿り気を含んだ風が、天王森の草木を静かに揺らしています。
大池の上では、今年も蛍たちが姿を見せ始めました。今夜確認できたのは二十匹ほど。桟橋の下、水際の草陰、暗くなるほどに、ぽつり、ぽつりと小さな灯りが生まれていきます。
蛍の光は、強く辺りを照らすわけではありません。
けれど、その淡い明滅には、不思議と人の心を立ち止まらせる力があります。
そんな夕暮れ、足元の草むらには、火垂る袋の花が咲き始めていました。
白に淡い桃色をひと刷毛のせたような、やさしい釣鐘形の花。雨上がりの空のような柔らかな色合いで、初夏の草むらにひっそりと身を寄せています。
その名を口にすると、どうしても想像せずにはいられません。
夜の公園へ入り込んだ一匹の蛍が、湿った闇をふわりと漂い、花の口元へ導かれるように近づいてゆく姿を。
そして、釣鐘の奥へ、すうっと吸い込まれるように入っていく…。
もし、本当にそんな瞬間があったなら。
花の内側で、小さな光が静かに瞬き、白い花びらが内側からぼんやりと照らされるのでしょうか。
それはもう、花ではなく、小さな灯籠。
草むらにそっと吊るされた、森だけが知る秘密の明かり。
誰にも見つからない場所で、声もなく灯る、ひとつの火垂る袋。
もちろん、それは私の空想です。
けれど、蛍が舞い、火垂る袋が咲くこの季節には、そんな幻想がどこか現実のすぐ隣にあるような気がしてしまいます。
夜の天王森には、昼とは異なる静かな時間が流れています。
草の匂い、湿った土の気配、水辺の冷たい空気。そして闇の中をゆっくり漂う命の灯り。
もしホタル観賞会に訪れることがありましたら、どうぞ少し足を止めて、草むらにも目を向けてみてください。
火垂る袋のどこかで、初夏の夜だけに許された、小さな奇跡が灯っているかもしれません。





